ジャメヴ - 4/10

「ここも一年前と変わってないね」

 入場券を入り口で提示して中に入った楓は、楽しそうに先を走っていく。

 端から見たら、恋人同士のように見えるのかもしれない。もともと、恋人同士だったわけだし。

「和義くん、早く行こうよ」

「わかったよ。そんなにはしゃぐなって」

 手招きする楓に急かされて、俺も駆け足になる。

 園内の奥側に動物の檻が隣接している。

 檻のエリアの手前には、小動物と直接触れ合えるコーナーがあって、そこが楓のお気に入りだったはずだ。

 その過去の光景を思い浮かべるけれど、映る少女の姿は白のワンピースを着て麦わら帽子を被っている。

 記憶の中の少女と楓は別人なのだろうか?

 そんなことを考えていて、俺はハッとなった。一体、何を考えているのだろうか?

 そんなことを考えていると、楓は小動物のコーナーでウサギとモフモフしながら戯れていた。

 モフモフって何だろう?

 何のことだと、初めて動物園デートをした時に、楓に尋ねた。

 すると、楓は、「思いっきり動物を愛でることだよぉ」と言いながら、あの日の楓もウサギを撫でまわしていた。

「やっぱり、動物って可愛いね~」

「まぁ、可愛いって言えば可愛いよな」

「そう言いながら、和義くんは遠目で私を眺めているだけなんだよね」

「そうだったっけ?」

「そうだよ」

 一年って思ったより長い期間なのかな? そんなことすっかり忘れていた。

 そのあとも楓は、動物園内を歩き回って堪能していった。

 暑さでだれているライオンを見て笑ったり、檻の中で猛スピードで飛んでいる鳥に驚いたり、区画内に入って小さな鳥たちに食パンをちぎったものを与えてはしゃいでいて、とても楽しそうにしていた。

 知ってたはずだ。そうだ、デートするときは、いつもこんな感じだった。

 それにしても、どうして楓は俺たちが付き合っていたころのデートコースをもう一度辿ろうって言い出したんだろうか?

「最後の思い出づくりと、未練を残さないためだよ。これが最後だから」

 俺の問いに寂しそうに答えた楓を見て、俺も寂しくなった。

 日が暮れ始めて、動物園は閉園になるから、出口の方へと自然と歩いていく。

「和義くん、お腹空いてない?」

「ちょっと空いてるかな」

 だいたい女の子が「~じゃない?」って聞いてきたら、女の子は「~なんだよ」って意味らしいんだよね。

 そんなことをふと思い出してきた。

 昔、また付き合っていたころ楓にそう教えてもらったことがあった気がする。

「和義くん、いい? 女の子っていうのは、単純なように見えるかもしれないけれど、本当は男の子とは比べ物にならないくらいに複雑な気持ちを持っているんだよ? だから、それを知っている上で発言しないと、機嫌を損ねたり、傷つけちゃったりするよ。気を付けないといけないからね?」

 ビシッと、自分の顔の前に右人差し指を立てて、そう豪語した楓はかなり真剣な表情だった。

 そういうことを直接彼氏に言うってことは、そうして欲しいっていう気持ちの表れなんじゃないかな?

 本人が言うより、女の子としての楓は、単純なんじゃないかって思ったけれど、それも覆された。

 その日のデートで、「和義くん、お腹空いてない?」って聞かれた。

「いや、俺は大丈夫」

 って、答えたあとしばらくして、腹減ったから食べに行こうってお店に行ったら、楓は少し機嫌が悪くなっていた。

 そういう時は、女の子に合わせるものだよって、ふてくされながら説教された。

 恋人としての他愛無い会話が、とても思い出深い。

「懐かしいな」

「どうしたの?」

 思わず口に出してしまった俺の呟きに首を傾げる楓。

「いや、なんでもない。晩ご飯、どこかで食べようか」

「うん!」

 満面の笑みで返事をする楓。

 小さな動物園では食事が出来る施設はないので、俺たちは園内から出て、さらに海沿いの公園から離れる方向へのバスに乗った。

 俺はまた楓と手が触れるんじゃないかという、期待のような不安のような気持ちが混ざった心境になっていた。

 でも、楓はバスを降りるまで俺の手に触れることはなかった。

 山側にあるサンドイッチをメインに販売しているファーストフード店で晩ご飯を食べることにした。

 楓が自分でサンドイッチを作って来なかったことを気にしていたからだ。

「せめて、一緒にサンドイッチを食べたかったから」

 満足そうにサンドイッチを食べているけれど、どうして俺は別れた彼女と今日一日デートをしているんだろうか?

 そう思うのなら、最初から断るべきだった。でも、俺は断れなかった。

「なぁ、楓」

「何? 和義くん」

「楓は、いつも見慣れているものが、見たこともない不思議なものに見えてしまうってことある?」

 楓はサンドイッチをお皿に置いて、口元をウェットティッシュで拭うと口を開いた。

「それって、ジャメヴっていう現象じゃないかな? 私は経験ないけど」

「ジャメヴ?」

「うん、デジャヴはよく聞くよね。見たことのないものを見たことのあるように思える『既視感』っていう現象。でも、ジャメヴはその逆。『未視感』って呼ばれる正に和義くんが言った通りの現象だよ。それがどうしたの?」

「いや、なんでもない」

 ジャメヴか……どうして、俺はそんなことを楓に尋ねたんだろう?