ジャメヴ - 8/10

「何だって?」

 互いに無言になると、強い風が吹きすさんで建物の中にある瓦礫が動き回ってざわついた音をまき散らす。

 話が違う。一年前に振ったのは俺じゃなくて楓のはずだ。それなのに、「俺が振った」と言っている。

「だから、もう一度言うよ? 一年前の今日、和義くんに私がフラれたの」

 わけがわからず、回していた手を離して、距離を置くと俺は生唾を飲み込んで月明かりに照らされた白いワンピースを着た少女を見つめる。

 少女は、抱き締めていた俺から離れるとスポットライトのように照らす月明かりの下で、舞台上で踊るようにステップを踏み始めた。

 ゆっくりとターンして、長い髪を揺らす。それを俺が観客のように眺めている。

「やっぱり、思い出せないんだね。あの日、和義くんがね、急に『楓、俺たち別れよう』って言い出したんだよ? 時間も今日とぴったり、19時49分だったんだから」

 時間まで正確に覚えているとでもいうのか? 今、俺の目に映る少女が、初めて見た存在のように見え始めた。 これもジャメヴなのだろうか?

 そんな俺のことなど構いもせず、楓は踊り続けていた。

「ショックだったなぁ、大好きな和義くんはずっとずっと一緒にいてくれて、いずれは結婚して、死ぬまで一緒にいてくれると思ってたから」

 一度ステップを止めて、今日待ち合わせた時のように、後ろに手を組んで前屈みになって俺の瞳を覗きこむ。

 彼女の瞳は、俺の目の奥まで貫くように見つめていた。いや、そうじゃない、俺の目のさらに奥にある何かを見据えているように感じられる。

 だんだんと口の中が乾いて行くのがわかる。

 それを余所に楓は微笑んでいる。

「ねぇ、何で和義くんは私を振ったの? 私ほど君を愛している女性はいないよ? それなのに、どうして私を受け入れてくれなかった?」

「何を……言ってるんだ? 楓、お前が俺に別れを切り出したんじゃないか」

 渇ききった喉からようやく口に出せた言葉は、彼女の不気味さに気圧されてかすれてしまった声で発していた。

 楓は、下あごに人差し指を添えて首を傾げた。

「それは嘘。君が勝手に自分に刷り込んだ嘘の記憶だよ。もう(・・)一人(・・)の和義くん」